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10.01.2015

阿弥陀岳遭難事故報告書


今年2月に阿弥陀岳で起こった遭難事故の報告書が出た。



この遭難について拙ブログでも何度か取り上げた。

なぜ、阿弥陀岳から立場川側へ降りてしまったのか?
なぜ、ルートロストに気付いた時点で中岳コルへ登り返さなかったのか?
なぜ、南稜を登ったのか?
なぜ、舟山十字路へ下山せず、阿弥陀岳へ登り返したのか?
なぜ、ふたりはあの場所で発見されたのか……

報告書を何度読み返しても「なぜ?」という疑問は解消されなかった。

>遭難しているという意識が欠如していた(p32より抜粋)
今回の事故の根底にあるのはまさにこれだと思う。
では、なぜ遭難していると思わなかったのか。

>この事故はどのようにして起こったのか,なぜ起こったのか,またどうしたら二度と事故を起こさない山岳部を作れるのか(p37より抜粋)
>今後は浮かび上がった問題点を解決し,二度と事故を起こさない山岳部を作っていくことが残された部員の最大の責務であり,○○さんや○○さんの弔いとなると考えています。(p54より抜粋/個人名は伏せた)

今も彼らは「なぜ?」に向き合い、答を探し続けているのだろう。


おふたりのご冥福を心より祈ります。
報告書を作成およびお送りいただいた学習院大学山岳部の皆様には感謝いたします。




4.19.2015

阿弥陀岳遭難について考える

山の仲間と阿弥陀岳の件についていろんな話をした。
お亡くなりになったことは本当に悔やまれますが、
自分なりに考えてみたいと思っています。
以下、自分(および山の仲間)用です。
もしご意見等がございましたら、よろしくお願いします。

出典◎地理空間情報ライブラリー 地理院地図3D
http://maps.gsi.go.jp/#16/35.970834/138.358877 他

切り取り・合成・作図等加工


自分用シミュレーション

A 阿弥陀岳山頂から中岳のコルを目指すも、立場川側へ逸れてしまった
<回避するには>
 →山頂でコンパスをセットする
 →尾根を意識して、尾根からなるべく離れないように降りる
 →山頂とコルの標高差160mを意識して降りる
 →進行方向左手に中岳、左前方へ赤岳が見えたらおかしい(視界あれば)

B 青ナギ下付近で地図で確認するも(ルート間違えはもう少し早くから気づいていた)
  雪崩の危険から引き返さず、立場岳へ続く支尾根を目指しさらに降りた
<疑問>
 →B地点から無名峰へ続く尾根は登り返しができないのか?
  (立場岳支尾根と同等程度の斜度に感じる。登り返すの距離も短いような…)

C 南稜に合流後、阿弥陀岳へ向かった
<自分ならどう判断する?>
 →パーティに余力・余裕があり・非常食があれば登り返す可能性も
  →行者小屋にベースがあるので回収したいという気持ちが働くだろう
   →立場岳から阿弥陀岳までトレースがあれば、まずザクッと5時間と想定
   →ラッセルならば途中再ビバークも視野に入れる
    →5時間なら、立場岳9:30発ー阿弥陀岳14:30着ということになる
    →遅くとも阿弥陀岳着を15:30と設定(6時間)し、P1・2コルで3時間経過していればビバーク決定
 →南稜を降りるという選択肢は?
  →立場岳から舟山十字路まで、まずザクっと2時間を想定
   →立場岳9:30発ー舟山十字路11:30着ということになる
    →舟山十字路から美濃戸口まで1時間〜1時間30分?(美濃戸口13:00着)
     美濃戸口から行者小屋まで3時間(行者小屋16:00着)
      └→南稜下山にかなり気持ちが傾くはず───────────────┐
  中岳のコルから外れた時点で、山行に失敗したと考えられるか、認められるか。←┘
  →失敗と認めることができれば、南稜を下山するという判断が下せるだろう(はずだ)


D 阿弥陀岳山頂から中岳のコルor北陵方面ではなく、摩利支天方面へ向かった(と思われる)
<疑問>
 →わからない…


4.18.2015

阿弥陀岳遭難の概要が公開された模様

4月15日発売の「山と渓谷」5月号に「学習院大学山岳部、阿弥陀岳遭難事故の概要」が載っているらしい。
雑誌の方では誌面の都合で一部省略した個所があるとのことだが、
山と渓谷のWEBサイト内「編集部ブログ」には、詳述版のPDFが公開されている。
http://www.yamakei.co.jp/yamakei-editors/

ヤマケイさん、すばらしい。


PDFにも書かれているが、パーティは「遭難」との認識はなかったようだ
※上記取り消し線部分は誤解を生みそうなので書き直します。

PDFにも書かれているが、パーティは少なくとも阿弥陀岳山頂へ登り返した時点までは
「遭難状態」ではなかった。
中岳のコル付近から本来のルートを外れたのはミスだったが、
その後も状況をほぼ正確に把握し、冷静に判断し、的確に行動しているように思う。
それだけに最後の最後で、やはり「なぜ?」と、悔やまれてしかたがない。


改めておふたりのご冥福をお祈りいたします。

2.12.2015

分からない

阿弥陀岳で遭難されたおふたりのご冥福を祈ります。


僕が知りたいのは1点のみ。
中岳のコルから、なぜ南側へ下ってしまったのか?


  <2.27追加>
出典:国土地理院ホームページ(http://maps.gsi.go.jp/#17/35.971816/138.358496)
※線、彩色、文字などを追加
上のマップでは、発見場所の第2ルンゼを「広河原第2ルンゼ」と仮定している
赤点線は推定ルート(概念)
赤実線は(中岳のコル矢印から時計回りに)
・中岳のコルから中岳沢(行者小屋)へ向かうルート
・阿弥陀岳南陵を舟山十字路へ向かうルート
・阿弥陀岳から中岳のコルへ向かうルート

<3つの分岐点>
1 中岳のコル
  北側へ降りると行者小屋へ、または、中岳を経由して文三郎尾根から下山できる
  →南側へ降りた(事実)

2 阿弥陀岳南陵
  南陵の稜線に上がり、南側へ向かえば舟山十字路方面へ下山できる
  →南陵から阿弥陀岳方面へ登り返した(推定)

3 阿弥陀岳山頂
  山頂から東側へ向かえば中岳のコルへ
  →山頂から西へ、御小屋尾根方面へ向かった(推定)


<追加部分終わり>





中岳側から阿弥陀岳方面を望む(写真は自分の過去の山行ph)


上記の写真のように(北側が行者小屋へ向かう斜面)、
晴れていれば誤って南側へ下ってしまうことは、まずありえない。
中岳のコルからの下山方向は、北側の沢筋か、南側の沢筋の2方向のみ。
しかも、真逆の方向だ。
※沢は雪崩ウンヌン、ということはここでは考えない。


僕なりに頭の中を整理してみる。
1 中岳のコルからの下山時、晴れていなかったと仮定
2 ホワイトアウトしていて方角が分からなければ、コンパスで確認するはず
3 コンパスで確認したら、まず下山方向を間違えるはずがない
4 だとすると、コンパスで確認せずに誤った方向へ下山した可能性がある
5 では、なぜコンパスで下山方向を確認しなかったのか
6 つまり、コンパスで確認するまでもなかったからではないか
と推察。

「コンパスで確認するまでもなかった」のだと仮定すると、
考えられるのは「勘違い」「思い込み」だろう。つまり「凡ミス」だ。
冷静な状態ではありえない凡ミスは
登山者に限らず、いつ、どこで、誰にでも起こりうることだ。
では、どうすれば凡ミスを減らすことができるのだろう。
僕はそこに一番興味がある。

以上はすべて僕の頭の中でのシミュレーションに過ぎないので、今後の報告を待ちたい。
当然ながら、亡くなった方々、残された方々を鞭打つつもりはない。


※<追記>
想像の域をまったく出ないが、
中岳のコルで休憩したのではないか、と。
で、休憩後に下山を再開した際、何の疑いもなく南側へ向かったのでは、と。

「方向が分からない」ということを自覚していれば、当然コンパスを出しただろう。
「自覚していない」ことが問題であり、自覚していない事柄に対処するのは難しいだろう。

・休憩後の再出発の際は、必ずコンパスで方向を確認する
と、自分のなかでルール化すればよい。
事の経緯はまだ分からないが、分からないなりにも教訓を得ることはできると思う。